どーでもいいことを知るために

日常と病みからの屁理屈と夢集め マイノリティの発信

カンボジアを訪れたかった理由

昨日は飲みすぎて潰れてました。

 

 

どーも、きゃんちです。

 

 

 

昨日はわりかしのんびりな日程。

 

 

 

夜行バスでプノンペンに向かい、朝5時半ごろ到着。

 

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これからどーするってなったので、とりあえず予約してたホテルに向かいました。

 

 

 

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2時間歩いてやっと見つけた、トップバナナ。

 

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着いてチェックインしようと思ったのですが、

何かの手違いで、部屋にチェックインできず、

12時からならオーケーと言われました。

 

 

 

 

その時の時刻、朝7時半、、、笑

 

 

 

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ひたすら待ちました。笑

 

 

 

 

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しかもトップバナナから漂ってくるパリピ感すごい、、、、

 

 

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ようやく時間になり、チェックインを済ませ、

今日の目的地、キリングフィールドとトゥールスレン博物館に向かいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トゥクトゥクに揺られること、小1時間。

 

 

 

とても田舎なところにやってきました。

 

 

 

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キリングフィールドです。

 

 

 

 

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その名の通り、ここはポルポト民主カンプチア政権の時代、虐殺が行われた、いくつもある中の最大の大きさを誇る場所です。

 

 

 

 

ガイド音声を聞きながら進んで行きました。、

 

 

 

 

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ポルポトは、原始共産主義を掲げて、簡単に言うと、みんなが平等に農村で畑耕して収穫して暮らそうぜ。それのための改革を進めて行きました。

 

 

 

 

 

しかし、これらに疑問を持つ人が出てきます。

 

 

そういった人らを、ここに連れてきて、虐殺をするのです。

 

 

 

知識人は、頭がいいから、反逆してくるかもしれない。殺そう。

 

 

眼鏡をかけてるやつは頭がいいかもしれない。

殺そう。

 

 

本を読んでるやつは頭がいいかもしれない。

殺そう。

 

 

殺されたやつの家族が、復讐しにくるかもしれない。殺そう。

 

 

 

こうやって、カンボジア人口800万人のうち300万人が殺されたと言われています。

 

 

 

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この木は、もともと鶏の喉元を切るために使われてたらしく、当時は人間の喉を切るのに使われていたらしい。

 

 

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ここには466人の遺体が埋められていたらしく、腐敗によるガスで、土が膨れあがって、ひどい匂いがしてたそう。

 

 

 

 

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この木はキリングツリーと呼ばれていて、赤ちゃんの両足をもってここに頭を打ち付け、しこも母親の目の前で殺していたそう。

 

 

 

 

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僕の中での1番心に残った場所は、ここで、

マジックツリーと呼ばれているところです。

 

 

 

この木をスピーカーがわりに使い、大音量で音楽を流していたそうです。

虐殺の時の人の断末魔が聞こえないようにと、周辺に何が行われてるかばれないように、

 

 

 

 

 

 

その当時流れていた、音楽がガイドから流れ始め、犠牲者が最後に聞いていたのはこの音楽だったのかもしれないと説明が入ると、鳥肌が立ちました。

 

 

 

 最後に慰安塔に行き、献花して、その場を後にしました。

 

 

 

 

そして、やけに田舎なところにあるなと思っていたのですが、それは、周囲に何もない方が虐殺には好都合だったと聞き、さらに納得がいきました。

 

 

 

 

そのまま、トゥールスレン博物館に行きました。

 

 

 

 中は写真がほとんどNGだったので、あまりありませんが、

 

 

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ここは、もともと高校だった場所を、拷問する場所にして使われていたところです。

 

 

 

行ってみて、普通の街中にあって、外観が馴染みすぎていて、そこにまずびっくりしました。

 

 

 

ここでは約2万人が収容され、生存者は若干名だけだったそう。

 

 

 

 

ここも見学していて、当時使われていた、拷問器具など、生々しく残っていたりと、あまり長くは見ていられませんでした。

 

 

 

 

もっとも驚くべきなのは、この一連の出来事が行われていたのは、約30年前だということ。 

 

 

 

僕は世界史をやっている時に、この歴史を知り、自分の目で確かめたいと思い、カンボジアを訪れました。

 

 

 

訪れてみると、自分の知っていたものよりはるかに、悲惨で、絶句してしまいました。

 

 

 

僕もそうですが、みなさんもこのような事実を知らないでも今後、生きていけると思います。

 

 

 

しかし、知ることによって、少しカンボジアへの見方や、他の物事に対する考え方が、変わるかもしれません。

 

 

 

そういった意味での、僕のブログのタイトル。

どーでもいいことを知るために」です。

 

 

 

 

僕はこれから旅をしながら、微力ながらこういった部分を伝えていけたらなと思います。

 

 

 

長々と駄文読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

夜の出来事は、また次の記事に書きます。

 

 

 

きゃんち