どーでもいいことを知るために

日常と病みからの屁理屈と夢集め マイノリティの発信

弁当のスパゲッティ

 

 

 

弁当の唐揚げとかハンバーグとかの

おかずの下にある、

スパゲッティ?パスタ?

どっちでもいいけど、

あの麺って何のためにあるんですか?

子供の頃からずっと疑問。

唐揚げの下にあったとしよう。

唐揚げにレモンかける。

唐揚げを食べる。

下からそいつが出てくる。食べる。

唐揚げに押しつぶされて、プラスレモンも少しばかりかかってるから、もうなんだろ?

不味くはないんだけど、存在意義を考えてしまう。

ナポリタンとかだったら、わかる。

あ、なんか予算の都合上、ナポリタン単体の弁当箱のセパレートを作れなかったのかな?

まあおかずの下にあっても、ナポリタンはナポリタンだから。

味変わらないし、むしろ上に乗っかってる唐揚げがナポリタンに侵食するまである。

けど僕が言ってる、あいつに関しては、味付けはされてない。まあせいぜい茹でる時に入れる塩からくる塩味だ。

だから、上に乗っかってるおかずによって

味が染まる。例えるなら真っ白なパレット。

どんな絵の具(おかず)にでも染まってくれる、もはやそういう意味なの?考えすぎてよくわかんなくなってきた。社会に出て行く上では、突き抜けるのも大事だけど、会社という絵の具に染まって従順していけよ、っていうメッセージ?

夜中のテンション怖い。寝よ。

ワインと泥水の法則

 

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日本列島さん、夏から秋吹っ飛ばして冬になりすぎやしませんか、

最近寒すぎです。

どーも、きゃんちです。

 

 

 

「ワインと泥水の法則」という話を知っているだろうか

僕はこの話を先輩から聞いて面白いなと思ったんで

ここにリマインドしておきます。

 

 

 

 

「樽一杯のワインに一滴の泥水を入れればそれは樽一杯の泥水になるが、樽一杯の泥水にワインを一滴入れてもそれは樽一杯の泥水である」

 

 

 

 

これマーフィーの法則っていうの本に出てくる言葉らしいです

 

www.amazon.co.jp

 

 

 

 

これを聞いた時に何を思い浮かべるかって人それぞれだと思うなぁ

何にこの文章を当てはめて考えるか

 

 

 

 

皆さんはどうでしょう?

 

 

きゃんち

 

 

 

僕が本にお金をかける理由

 

 

 

 

お金がありません。バイトをしているのに

お金がありません。なぜでしょう

正解は海外に行っているから、である。

 

 

 

 

しかし、もう一つ理由がある

それは、本を買っているからである 

 

 

僕は常のバイトのお金をほぼ旅行くことに費やしてる。

だからいつもギリギリのお金で生活してる

別にそれがどうしたって話ですが、

お金ないのに本は買ってしまうんです。

 

 

 

なぜでしょう、本に惹かれてしまう

ジャンルは問わず色々な本を読む

本屋に行くことは大好きだ。

暇あったら本屋に行く

軽く2時間は潰せる

友達が待ち合わせに少し遅れるといい時間を潰そうと本屋に行くと、逆に僕が待ち合わせに遅れる、それぐらい居心地がいい

 

 

 

何より、とても大きい本屋に行くと

ディズニーに行く前のワクワク感、高揚感、に似たものすら感じる

しかし、本屋に行くと

いつもここにある本を全部読むことは

一生かかっても無理なんだと悲しさと悔しさが混じる気持ちになることがなきにしもあらず

 

 

 

 

そして、本屋で特に御目当ての本がなくても

いわゆる「ジャケ買い」をしてしまうので

お金がどんどん溶けてゆく

口座に少しのお金しかなくても、本屋で出会った面白そうって思った本は、8割ぐらい買っている

今、買わないともうこの本には一生出会えないのではないかと、また悲しい気持ちになる

 

 

 

いつもふらっと行った本屋でのそこでの本との出会いをとても大切にしてます。

なんか、運命の出会いみたいな、偶然が重なってこの本に出会えたから買うしかないていう気持ちになっちゃう(お金ないのに)

本からしたら余計なお世話である

 

 

 

 

買ったら読み、読み終わったら買い、読んでる途中で出会ったら買い、また読む。 

人からは、「一つ読み終わったら買いなよ」とよく言われるんですが、それがどうしても聞かず買ってしまいます。

 

 

 

 なんでこんな本を買う、読むことに固執してるのか正直自分でも説明しづらい

 

 

 

こうなったきっかけとして 

僕のおばあちゃんが本をたくさん読む

おばあちゃんが読んだ本を僕がもらったり、僕が読んだ本をおばあちゃんに貸したり、オススメがあったら教えたり、

 僕は根っからのおばあちゃん子なので、そういう部分からおばあちゃんとの会話が盛り上がれるのはとても嬉しいし、幸せなことなのです

 

 

 

大原則、本を読んでいると知識が磨かれるし

新しいことを知れるし

「自分のために」読んでいると思う側面も多いのですが

僕が本格的に読書に本腰を入れたきっかけは

おばあちゃんとのコミニュケーションツールだったので

いわば「おばあちゃんのために」本を読み始め

結果的に読書に習慣がついて行ったわけであります

 

 

 

 

てなことでまたおばあちゃんから

ノーベル文学賞をとった人の本読んだ?」

と言うLINEが入ったので早速読んでみようと思います

 

 

p.s.

最近買った本はこちら

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 きゃんち

 

 

 

「知らない」から「知りたい」へ

 

 

 

 

 

「知っている」と「知らない」って大きな違いがあると思う

そんで持って「知りたい」て言う探究心も大事だと思う

 

 

 

 

知っていることが多いに越したことはない

それだけ世界が広く感じられるし

自分を成長させたいって気持ちも生まれてくる

 

 

 

 

それで、僕が考える「知らない」ってなかなか怖くて

ちょっと説明するのが難しいんだけど

まず「知らない」ってことは

自分の頭の中の範囲が狭いってこと

 

 

狭いってことは、いずれかは狭い世界の中のことは全て「知っている」と言う状態になる

そうなると、自分の狭い世界の中のことは全知できているから

調子に乗りがちになる、だって知らないことはないんだもん、王様気分

 

 

 

 

そして、そこから他のことを「知りたい」って思わなければ

その王様気分のまま、歳を重ねていくわけであり、そうなると何が出来上がるかって言うと

偏って考え方しかできなかったり

相手の立場に立って考えるって言うことが欠如するんじゃないかなと思う

 

 

 

 

僕は、「人間が向上心をなくした瞬間に死ぬ」

と思っているので

ここで言う向上心は「知りたい」と言う気持ちで

それがない限り、我が物顔で物事を語る、他の人の意見に耳を傾けない

嫌なおじさんになって行ってしまうのかなと

絶対そう言う風になりたくねえ(笑)

 

 

 

 

けど、こんなこと書きつつ

僕も、性格が頑固なので

人と話したりしていて、自分の意見が正論だと疑わないと、激しくぶつかったりします

 

 

 

そういった時に、友達に自分の意見が間違っているかと、聞いて回ります

そうすると思いがけない自分の意見の欠陥が見つかったりして

なんとも我に返って、反省します

(ちなみについ昨日あった)

 

 

 

僕は、昔から何かしらに疑問を持つ性格なので

「知りたい」と言う気持ちが途絶えませんが

これを読んでくれている人も

何気ない日常に疑問を持って「知りたい」

を忘れないようにしてみては?

 

 

 

あの仕事は何をしているのだろう?

このお店は儲かっているのかな?

 

 

 

「知りたい」から思いがけない出会いと発見が見つかるかもしれません

 

 

きゃんち

 

飲食店で働いていて感じたこと

 

 

 

 

 

僕は言わずと知れたバイターです。

現在バイトを3つ掛け持ちしています。週6です。数々のバイトしてきました

コンビニ、引越し、運搬、イベンター、住宅展示場etc

 

 

 

 

 

今は偶然なのか、必然なのか

全て飲食店なのです

 

 

 

 

 

他の職種をやったほうが学べることは多いのかな

と思いつつ、色々な巡り合わせでやっているわけであります

 

 

 

 

 

 

バイトばかりやっていると

時間も取られて、友達とも遊べないし

こんなことしていいのかなって

思う時も多いですが

 

 

 

 

一つだけ飲食店でやっていて

成長した部分がある

ここだけは声を大にして言いたい

 

 

 

 

 

 

 

 

「飲食店を経験しただけ、店員に優しくなれる」

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば、ファミレスに行って

店員さんが間違えて、料理を持ってきたり

言い間違えたりしてしまった時に

提供が遅くなったりした時に

もし飲食店をを経験してない人だったら

イラついたりしてしまうかもしれないけど

経験しちゃった僕からすると

「ああ。僕にもこんな時があったなぁ」

と親目線でむしろ店員のことを可愛く思ってしまう

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ何が言いたいかと言うと

傷ついた分だけ強くなれるは嘘かもしれないけど

「飲食店を経験しただけ、店員に優しくなれる」

は本当だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

高校生の時に渋谷でコンビニのバイトしていて

コンビニ店員の扱いが社会の最底辺だと感じた身としては

(相手の理不尽と他の店員のミスで何回も頭下げた)

今働いている店員さんには

頑張って欲しいと思う所存であります

 

 

 

 

 

 

理不尽な大人にはなりたくないので

 

 

 

 

 

きゃんち

 

「パリピ」って褒め言葉?悪口?

 

 

 

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大学に通っているからなのか、自分の見た目が悪いのか

「まじパリピじゃ〜ん☆」

って言われることがある

 

 

 

 

 

前までは、「そうだね〜」ぐらいの返しをしていたけど

この言葉自体、会話の中で飛び交うことが多くて

今一度、疑問に思うことがあった。

 

 

 

 

 

 

「パリピって冷静に悪口じゃね?」

 

 

 

 

 

 

てなことで

まず最初に「パリピ」の定義、自分なりの見解、認識を書こう

 

 

 

 

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party people(パーティーピープル)を略した言葉。
本場の英語の発音ではparty(パーティー)という言葉は「パーリー」、people(ピープル)という言葉は「ピーポー」という発音に聞こえます。
 
そのためパーティーピープルではなくパーリーピーポーという言葉を略し、「パリピ」という言葉が生まれました。
ちなみにパリピは2015年「ギャル流行語大賞」で1位に輝くほど流行した言葉で、今でも10代、20代を中心によく使われている言葉です。
パリピの意味は、パーティー、クラブ、イベントで飲んだり騒ぐ人たちを意味する言葉。
と一般的には広がっていますが、10代・20代・30代~、など世代によって言葉の意味が全然違うんです。
 
【中学生、高校生、大学生など10代~20代(前半)が使う言葉の意味】
・友達と遊んだり騒ぐこと
・遊んでて楽しいとき、嬉しいとき
・友達とふざけているとき
・友達や大勢で楽しく遊ぶこと
etc
実は10代~20代(前半)の間では、「友達と遊んでいるときや自分が楽しいとき」に使う言葉として定着しているんです。
 
【30代以上が認識している言葉の意味】
・パーティー、クラブ、イベントでお酒を飲んだり騒ぐ人
・チャラチャラしている人
・不真面目な人
 
など、軽いノリの人、うるさく騒いでいる人たちを意味する言葉として使われています。30代~にとってあまり良いイメージの言葉ではありません。
 

引用元はこちら

www.rcd.co.jp

 

 

 

調べてみるとまあいい意味でも悪い意味でも認識されるとのこと

僕も上記の抽象的な意味合いでしか捉えていませんでした

 

 

 

 

 

僕も最初言われている時点で

「ああ、いい意味なのかな?」

って認識してたけど

だんだん「バカにされてるのかな?」

って思い始めました

 

 

 

 

 

 

その理由としては

僕は世の「パリピ」と言われる人たちに比べると

自分が全然、遊んでる認識がなくて

むしろ「パリピの人たちってすげー」って別世界だと思ってました

しかし、周りからすると「パリピ」に見えたらしくそう呼ばれていた。

 

 

 

 

 

ここで自分はそうは思ってないと感じていたが、周りはそう感じていると言う

認識のズレが生じていた

僕的にはまずそこに違和感を感じていた

 

 

 

 

そして、どちらかというと

僕は自分が「パリピ」に向いているとは思わないので自分は違うと感じているのに

そう見られている、本当の自分を見てもらえてない気がして

自己承認欲求の欠如によって、言われていることに対して

ネガティブな捉え方をしてしまっていたのかなと思う。

 

 

 

 

 

あとこれは微々たる気持ちだけど

本気で「パリピ」をしている人と大してそんなに思い入れない自分が

同じカテゴリーに入れられるのは、少し失礼なのかなとも思う。(笑)

 

 

 

 

 

まあまとめると

その人が思う「パリピ」の行動、言動を自分がどこまで受け入れているか

によって言葉の受け取り方が変わるのかなと言う結論に至った

 

 

 

 

 

こんなこと言ってるけど

もはやこの言葉が浸透しすぎて、たとえ言われたとしても

深く考えている人なんてまずいないと思う。(笑)

 

 

 

 

僕ももう言われても何も感じないし、

いやでも、あまりに言われたらムカつくかも、

それでもなお言ってくる人にはもちろん抵抗します。拳で!!!@twitter

 

 

 

 

 

 

最近、どーでもいいことしか考えてません。

 

 

きゃんち

 

 

 

白Tってなんかいいよね、てかよくない?

 

 

 

 

白Tをなぜか着てしまう

何でか着てしまう。なぜだろう、理由はわからない。

 

 

 

 

 

 

白Tってみんな着てる。

辺りを見渡すとそこら中に白Tがいる。

白Tを見たかったら街に出れば困らない。

俺も着てる。夏場は週3で着てる。4枚持ってる。

人はなぜそこまで白Tを身に纏い、魅力に吸い込まれるのか

 

 

 

 

 

 

 

それは単純明快、

何にでも合わせやすいからだ。

ファッションに疎い俺から見ても白Tはどの服にも合う、

朝起きて、今日の服決めるのめんどくせーと思ったら

ジーパン履いて、白T着れば、もう外出れる。

 

 

 

 

 

 

ファッションセンス云々の話は別問題。

元々、そんなもの持ち合わせていなし、

今後もあんまり必要ないかなとおもちゃっている僕からすると

色味のある服を着ることは、挑戦である。

 

 

 

 

 

 

コーディネート次第ではとてつもないオシャレが爆誕する。

うまくハマれば、とてもオシャレにカッコよく、スマートに見えるし、

ハマらなければ、見るに堪えない、混沌、色の暴力

 

 

 

 

 

 

それは果たしてオシャレなのか否か、僕の頭の中では到底、処理できないが

昨今のストリートファッションの隆盛により

渋谷、原宿、表参道を歩いていても

それは果たしてオシャレなのか

と言う方々を見かける。

 

 

 

 

 

 

大前提、個人的に、人のファッションをとやかく言う気は無いし、

ファッションは個性の表れだと思うので

誰が何を着ようが、どんな色のものを身に纏おうが

大いに結構。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、僕には、そんなチャレンジをするほど

ファッションセンスがないので

今日も、無難に、白Tを選ぶ。

 

 

 

 

 

 

しかし、白Tが精神の拠り所と思う反面、

一つ、言いたいことがある、

 

 

 

 

 

 

 

 

「白Tはとにかく汚れやすい」

 

 

 

 

 

 

 

 

何を当たり前なことを言うか

白なんだから汚れやすいなんて当たり前じゃないか

わかってる、そんなの100わかった上で

あえて、また言いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白Tはとにかく汚れやすい」

 

 

 

 

 

 

 

 

上で述べたように、僕は白T信者だから

まあ夏場は、かなりの確率で白Tにお世話になってる。

その白Tを着たまま飲み会に行く

絶対汚す、100汚す、焼鳥のタレがハネる

 

 

 

 

 

 

汚さないように心がければいいのでは?

との声は重々承知の上で

僕も汚さないように細心の注意を払っている。

 

 

 

 

 

しかし、酒に酔うと制御がうまくいかず

気づいたら汚れている、その速さ、まさに目で確認できず、

気づいた時には時すでに遅し

 

 

 

 

翌朝、入念に洗面台で昨日の楽しかった思い出と引き換えに

ついた何かの汚れを、洗い落とす。

 

 

 

 

 

 

何度したことか、二日酔いとともに洗面台で焼鳥のタレなのか

緑ハイなのか、お投資の汚れなのかわからないその汚れを

必死に洗い落とす。

 

 

 

 

 

 

洗っているときは、とにかく二日酔いと汚してしまった後悔と

なぜ汚れているのかの怒りで、頭の中はカオス。

 

 

 

 

 

 

ここまで需要がある白Tは、とにかく汚れやすいと言う可能性を孕んでいる

汚れる、けど着る、着る、そして、汚れる

白Tが悪いのか、俺が悪いのか、

それでも僕は今後も白Tの呪いにかかったかのように

白Tを着続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

何が言いたいかって言うと

汚れが落ちやすい白Tをユニクロさんあたりが開発してくれないですかね

 

 

 

きゃんち